チチハルに来た日本人

「斉斉哈爾まで来るとはすごい。日本に帰ったら友達に自慢できるぞ。なにしろ国際都市・哈爾濱のエキゾチックな魅力が強すぎるために、大部分の旅行者は、日程を哈爾濱で打ち切ってしまうからね」(川村湊「満洲鉄道まぼろし紀行」、ネスコ、1998)。 おじさんが甥・姪を連れて戦前の満洲を鉄道で旅するという体裁の架空旅行記の中の言だが、まったくそのとおりだ。チチハルには満州国時代5000人の日本人が住んでいた…

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タイムリミット

 「島根の近代化遺産一覧」(島根県教育委員会、2002)にリストアップされている益田市七尾町の旧若林医院の主だった若林明文(1903-78)は、温泉津の出身で、東京大学医学部を卒業し、医学博士号を取ったあと満洲に渡り、チチハル・北安・営口の満鉄病院に勤めた。  チチハルの満鉄病院は今チチハル医学院付属三院となっている。2011年までは昔の2階建ての建物が問診部として残っていたことが旅行者の写真…

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1分ビデオコンテスト

 教室の学習だけでは日本語力はつくものではない。課外の学習こそが大事で、それは学習者自身が考えていろいろやればいいのだが、教師としても学校としてもさまざまな機会を提供すべきである。それが課外活動である。外国で教える場合はその必要性と重要性がさらに増すし、困難も増す。教室を一歩出たら日本語なんか誰も話さず、母語で生活できるのだから。  課外活動は、単調になりがちな学習に活気を持ち込み、モチベーシ…

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